学校が始まった。いつもなら春に新学期が始まるのに、初夏に新学期が始まるという初めての経験でとても新鮮だった。それに3月からずっと閉塞的な生活だった為、久々に開放的で社会的な空間に放り込まれると挙動不審になり、自分の立ち位置が分からなくなってしまった。でも私の学科には同じ高校出身の子が5人もいるから寂しい思いはせずにいられている。だけどもっと時間をかけてでもいいからクラスのみんなと関われたら良いなって思う。

久々に学校という場所に来て思ったのが、やっぱり私は人が好きだということだった。話すのは得意じゃないし、場を盛り上げるような立場ではないけれど。それでも人と同じものを見たり同じことに共鳴したり同じことに笑ったりすることが好き。久しぶりに友人の顔を見れて目を合わせてお話して、平凡だけど、とても幸せだと思った。

 

 

 

暑い。梅雨とは思えないほど、太陽がぎらぎらしている。学校が終わり、バスの時刻表を確認し、そそくさと日傘を差してバス停まで歩いた。そしてバス停でバスを待ちながらSNSを見ていたら、私の周りをやたらとうろついている女の子に気付いた。私が振り返ると目が合ったので私の方が反射的にそらしてしまった。〈挨拶してみようかな..〉と思い立って、また振り返り「こんにちは」と思ったよりも小さな声で挨拶をした。女の子も「こんにちは」と小さな声で返してくれた。女の子は鬼滅の刃の文庫本を持っていた。「鬼滅の刃、面白い?」と聞くと頷いた。「好きなキャラどの子?」と聞くと主人公の妹を指差した。鬼滅の刃を見たことがない私は直感でかっこいいと思った子を指差し「えーじゃあこの子は?」と聞くと「やだ。きもい。」とぶった斬ってきた。ストレートさに思わず吹いてしまった。

そんなこんなでバスが到着し一緒に乗車した。最初は一緒の座席には座らず別々の座席に座っていた。私は〈せっかくお話したのに座席離れて座るの寂しいな..〉と思い、女の子の肩をトントンして「となり、おいで。」と言った。(イケメンかよと突っ込みたくなる台詞だけど私これ本当に言った...。)そして女の子は頷いて私のとなりに座った。バスの中は、冷房がきんきんに効いていて、西陽で車内が煌めいている。そんな私のとなりでは、女の子が本のページに目を落としている。私は西陽でひかる手を見つめてマニキュア何色塗ろうかなと考えていた。すると再びページのめくる音がしずかに鳴った。私たちは、相手が降りるまでの間、何も話さなかった。それが逆にとても心地良かった。

時間は経ち、女の子が降りる駅まであと二駅のところで口は開いた。「ねえ。火曜日と水曜日と木曜日さ、このバスの17:50のに乗ってるから、お姉ちゃんも一緒の乗って。」と言われた。 ああ..いいなあ。わがままで。小学生の女の子のわがままとても可愛いなと思った。「わかった。また会えるといいね。」って返事をしてお別れした。

この日のバスの冷房と西陽と女の子の小さな声と不安そうな顔、とても良かった。いい時間だった。だけどまたあの女の子に会えるのかは分からない。女の子が仮に私と会えることを切望していたとしても、私はもう女の子と出会ったあの日だけでいいと思ってる。女の子の記憶で、私と出会ったことは幻だったと捉えてもらいたいな。